その4 6人制と9人制、16人制?

Vリーグは、1チーム6人(リベロも加えると7人、オンコート6人)で戦うことは、周知のルールである。
日本では、9人制バレーも盛んで、大会も広く行なわれていて、根強い人気がある。

今では、このようにバレーボールといえば、6人制と9人制(アジアの一部を除く海外では6人制だけ)ということになっているが、このように決まるまでは、16人制とか12人制とかもあったことが記録に残っている。

バレーボールの歴史を書いた『その起源と発展』(平凡社・水谷豊著)によると、1913年にマニラで開かれた第1回東洋オリンピック(のちに極東選手権大会)では、フィリッピンと中国の間で16人制で戦われたとなっている。

第6回極東選手権大会は1923年(大正12年)に大阪で開催されているが、この時は12人制であったらしい。

翌年の1924年(大正13年)に明治神宮大会が始まってこの時から9人制となった。
人数が多いことによって、ボールに触れる選手に偏りが出ることおよび1チームの編成に苦労することが理由とされた。

ちなみに、日本バレーボール協会が発足したのは、1927年(昭和2年)で、9人制バレーボールの普及発展のために発足したとされている。(JVAのHPより)
その後、競技規則委員会が協会内に設置され、その委員会によって昭和5年に制定された「標準排球競技規則」の第4条第1項には、

『各チームは九名の競技者より成り、其の中一名はキャプテンたるべきものとす。』

と明記され、ここに正式に9人制が、日本におけるバレーボールの1チームの人数となった。しかし、この条文に続いて、〔備考〕と記された「ただし書き」があって、

『キャプテン相互の合意により、競技者の数はこれを変更することを得。』と書かれていた。

草野球や草サッカーで、片側のチームのメンバーが集まらない時に、話し合いでもう一方のチームの人数を調整することがあるが、公式ルールでこれに似たことが認められていた、なんとものんびりした時代のお話しである。