この項は、2007/08シーズンのファイナルを前に松平名誉会長に聞いたお話しを
もとにしています。

日本リーグをスタートさせるにあたって考えたのは、ボールゲームには、サッカー、アイスホッケー、ハンドボール等々、いろいろある。しかし、そういったスポーツとバレーボールが決定的に違うのは、バレーボールは東京オリンピックでメダル(女子が金、男子が銅)を取った男女スポーツであるということ。オリンピック、イコール、IOCの会長(当時・アベリー・ブランデージ)…。つまり、これからスタートする日本リーグに、“彼から、ブランデージ杯を出してもらうことが、ほかのスポーツとの差別化になる…”。わたしと、前田(豊・故人)、今鷹(昇一・故人)さんの3人は相談して、それでアベリー・ブランデージ氏にアプローチを始めました。幸いにして、ブランデージ氏は、大の日本びいき、東京オリンピック時の文部大臣・愛知揆一氏(故人)とも非常に懇意で、わたしもその愛知氏と親しくさせていただいた関係で、何とか実現にこぎつけることができました。
ただ、「わたしはIOCの会長なので、ほんとうはバレーの一種目だけに出すということはできない。けれど、“東京オリンピック全体の成功を祝って”ということで、代表として日本のバレー(リーグ)にブランデージ・トロフィーを出しましょう」と、言ってくださいました。それはサモトラケのニケの像といって、勝利の女神を現したたいへん美しい像で、台座にはイタリアの大理石が使われています。
そして、そのブランデージ氏を、第2回大会の6月、日本リーグにお招きすることができました。そのとき、『わたしの日本訪問は日本バレーボール協会の西川(政一)会長の友情のお招きによるものであります。64年、東京オリンピックにおいて、優勝を勝ち得た日本女子バレーチーム、また同じく銅メダルに輝いた日本男子チームのことを想起し、わたしは仙台における日本バレーボールリーグを見学できる機会を持ったことを幸せに思っております』と、当時の新聞にはコメントが寄せられています。
6月22日の松下電器対日本鋼管の試合を見てくれている最中に、一つのエピソードがありました。試合の後半でしたが、松下のスパイカーがスパイクを打って、大きくアウトしました。当然、審判は鋼管のほうに手を上げると思っていたところ、鋼管の小泉勲選手が審判のところに行って、手を上げて何かを言っていました。すると、審判は一度、鋼管に上げた手を、松下のほうに上げ直したのです。ブランデージ氏から、「今のはどうしたのですか」と聞かれて、わたしは、「あれは、松下選手のスパイクがアウトしたと思って、審判は鋼管のほうに手を上げましたが、鋼管の小泉選手が、“わたしが触りました”と言いにいった。それで、審判が、“ありがとう”と、手を上げ直したんです」と言いましたら、「松平、フェアプレーの精神というのは、こういうことをいうんだよ」と、とても喜んでくれました。小泉選手は、その後のメキシコ・オリンピックのとき、ブランデージ氏から記念品をいただいています。
松平 康隆氏 プロフィール (財)日本バレーボール協会名誉会長 |